Mさんの話を聞くと変な上司や国会待機やらで、外務省を目指すのが怖くなってきます。でもいい面もあるはずです。外交官として働いてきて楽しかったなあ、または良かったなあと思ったことはありますか?
こんな質問を頂いたのでお答えします。
私の話のせいで外交官で働く意欲を失っている人がいるとしたらそれは猛省です。
もちろん楽しかったこと、良かったことはたくさんはあります!
だからこそ10年というそれほど短くない期間を外務省で働いてきたのですから。
本記事の内容
- 外交官として働くことの醍醐味とやりがい
- 外交官の給料(在外公館勤務時)
もくじ
外交官として働くことの醍醐味とやりがい
とりあえずわかりやすいように箇条書きにしました:
本省
- 官僚として、国の外交政策というスケールの大きい仕事に携われる
- オリンピックやG7会議などの大型国際行事の裏側を見ることができる
在外公館
- ある特定の外国で少なくとも2、3年生活できる
- 自分が学んできた言語を使って仕事ができる
- その国の偉い人と会って人脈を作れる
- 給料悪くない(在外手当)
一つずつ解説します。
スケールの大きい仕事
この「スケールの大きい」仕事というのは、自分の考えたことや作成したものが多くの人に影響する(=責任が大きい)、ということだと思ってください。
外務省で働いているとこのスケールの大きい仕事というのを必ずやります。
わかりやすいように例えば、自分が今外務省の地域課(国を担当する課)にてとある国の担当働いているとします。
ここではカンボジア担当ということにしましょう。
ある日、カンボジアの首相が日本を訪問して、日本の首相や外務大臣と会うことになりました。
そうなると必ず「発言応答要領」というものを外務省の担当が作ることになります。
※「発言応答要領」等の外務省用語・霞が関用語にあまり詳しくないよ、という人は、以下の記事もぜひご参照ください。
「発言応答要領」とは、簡単に言うと「日本の偉い人が外国の偉い人と会ったときなどに、何の発言をすればいいかが書かれた紙」のことです。
首相や外務大臣は、それこそあらゆる仕事があります。彼らは政治家の仕事もある中で、外交も行われなければなりません。でも、一人で全ての仕事を把握し、ある特定の国でこういうことが起こっているということを、いちいち全て把握することはできません。でも、そのある国の偉い人がきたら、会談の場でその国のことを話さなければいけませんし、その国に対する日本の立場もしっかり相手に言う必要があるのです。「発言応答要領」はそのためのものです。首相や外務大臣が、よほど変な人で、官僚の努力をないがしろにするような人でなければ、だいたいこの外務省が用意した発言応答要領を読むことになります。
話を戻して、例えばカンボジアの偉い人が日本を訪問したら、首相や外務大臣はその人たちとあって、日本のカンボジアに対する外交的立場を発言しなければならず、そのために外務省は対カンボジア用の発言要領を作ります。
そして、それを作るのは、外務省でカンボジアを担当しているあなたです。あなたが、日本国のトップや外務省トップの発言することの原案を作ることになります。
言うなれば、あなたが考えた言葉や文章を、日本国の偉い人がカンボジア首相との会談のときに発言することになるのです。
「自分の作った文章が国のトップ同士の会談で日本側から発言されるんだ・・・」と考えると、それは「スケールの大きい」仕事と言えるのではないでしょうか。
もちろん、あなたの作った原案は、
- まず直属の上司(自分が所属する班の班長)が見て、
- その課の総務班長、首席、課長が見て、
- その次は局の幹部(参事官、審議官、局長)が見て、
- その決裁が終わったら外務省の他の局に行き、その局の関係課の担当、総務班長、首席、課長、局幹部が見て、
- 外務審議官が見て、
- 外務次官が見て、
- 外務省が終わったら他の省庁の決裁に上がって、
- それが終わったら官邸に上がって、総理秘書官付き、総理秘書官が見て
- そして最後に総理と。
総理の発言応答要領というのは、本当に多くの人の決裁を得る必要があるので、あなたが作った原案はその決裁の中でかなり改変されてしまうかもしれません。
でも、すべてが改変されることはなく、あなたが頑張って調べて練った文章や言葉の大部分は、最終の発言応答要領に残ることになるのです。
外務省、特に本省で働くと、こういう仕事があなたを待っているわけです。
もちろん、今のは国担当(ある特定の国を受け持つ担当)の話ですが、どの課に行っても同じような仕事はするはずです。
外務省のやっている仕事はこれだけスケールが大きく、あなたはそのスケールの大きい仕事のはじまりを作ることになるのです。
オリンピックやG7等の大型国際行事の裏方
さっきの「スケールが大きい仕事」にも関連する話ですが、外務省は誰もが知っているとてつもなく規模の大きい国際行事に、ほぼ必ず関わっています。
外務省の根本的な仕事の一つに「要人接遇」、つまり「外国から偉い人が来たらその人を外交的儀礼に基づいておもてなしをする」というものがあります。
オリンピックやG7首脳会談、その他の大きなスポーツの祭典が日本で行われるとしたら、外国から国王や女王、大統領や首相、大臣といった、その国の偉い人がたくさん日本を訪れることになります。
2019年、天皇陛下の即位の礼が行われたときは、世界約180カ国以上の国や国際機関から大統領や首相、皇族が訪日しました。
東京オリンピックの際も、コロナの影響もあって稀に見る少なさでしたが、それでも10カ国以上の国から偉い人が訪日しました。
そして、この偉い人たちをおもてなしするのが、外務省の大きな仕事の一つです。
このおもてなしのために、外務省は1年、2年以上前から接遇事務局を設置し、人員を集めて、長い期間をかけておもてなしの準備をするのです。
これはいわゆる「ロジ」、つまり車とか行事の準備とか、チケットの手配、水の用意、資料の配付等々、行事を円滑に進めるための仕事の最です。英語のlogistict(事業計画)からきています。
ちなみに対義語として「サブ」という言葉があります。これはロジとは異なり、この行事を行うことによって日本が得る外交的な効果を最大限引き上げるための仕事です。前の項目であげた、首相や外務大臣の発言応答要領を考える仕事はこの「サブ」のお仕事に当たります。英語のsubstantial(実体のある)からきています。
これら大型行事における外国人の接遇は、もう本当につらいことがたくさんあります。
それこそ、あらゆる組織が関わってあらゆる準備を限られた準備でやらなければいけないので、本番が近くなると連日徹夜で作業をするのが普通です。
でも、これまでずっと準備をして、いざ本番がはじまれば、あとは「お祭り」です。
世界が注目する超大型の国際行事を成功させる一員として、オフィスや現場を走り回って、汗水かいて、全力でやって。
それで行事が終わったときは、どんな仕事にも代えがたい達成感を味わうことができます。
以下、2016年G7伊勢志摩サミットの準備に関わった私の経験談です。
当時の私の役割は「プレス」に関わる仕事でした。
本番が始まる1週間前まで外務省に設置されたG7伊勢志摩サミット準備事務局で鬼のように働き、本番が一週間前になったら現場の伊勢志摩に乗り込みます。
「プレスセンター」と呼ばれる場所に設置された外務省接遇室で最後の追い込みをかけるわけです。
「プレスセンター」というのは、G7サミットほどの大型行事になると日本国内及び国外から多くのプレス関係者がやってきますが、この「プレス関係者の作業場」をプレスセンターと言います。
この現場(プレスセンター)に乗り込んだ瞬間は今でも覚えています。
まだプレス関係者が本格的に現場入りする前、人がまばらなプレスセンターの会場に、外務省準備事務局の一員として乗り込みました。
センター入り口を入ってまず飛び込んできたのが、●通さんが作成した巨大なプロジェクション・マッピングです。
巨大な壁一面に映し出された日本の原風景を思い起こさせる神秘的な映像に感動を覚えつつ奥に進むと、今度は日本が誇る大企業が発明した最新テクノロジー搭載の機械やロボット、8Kテレビ、日本の伝統工芸やわび・さびを表現する展示がズラっと並んだ展示会場があり、普段の生活をしていると目にすることができない「日本の最新技術と伝統」が入り交じった空間がありました。
それを私は、まだ人がまばらな会場をゆったりと歩きながら見入ることができました。まさに役得と言える瞬間です。
この時の感動と体験はこれからもずっと忘れないと思います。
現場入りしてから約10日間、G7サミットが終わるまでがむしゃらになって全力で働きました。
現場入りしてからも、これまで入念に準備してきた作業にイレギュラーや問題が発生し、そのたび夜通し働きましたが、現場の「非日常的空間」が作用しているのか、ストレスを感じることは全くありませんでした。
まさに、そのとき私は世界が注目する超重要大型国際行事「G7首脳会談」という「お祭り」の空間に浸っていました。
G7サミットが終わったとき、これまでずっと一緒に頑張ってきた同僚や上司、チームのみんなと喜び、お互いに讃えあったひと時は、なにものにも代えがたい経験と歓喜を私に与えてくれました。
以上、私の体験でした。
外務本省の仕事は正直つらいこともたくさんあります。ですが、ここでしか味わえない体験や仲間というのも確かに存在するのです。
ある特定の外国で少なくとも2、3年生活できる
ここからは在外公館の話です。
外交官として働く限り、その国の大使館や領事館で働くことになるのは必至です。
つまり、外国生活をしなければなりません。
この外国の生活というのは人によってはつらいものになるかもしれません。
言葉が違う、文化も違う、食べ物も違う、そして電車の乗り方やレストランでの注文の仕方、スーパーでの買い物の仕方すべてが違うんです。
日本の食べ物が大好きで、日本の生活や常識になれきっている人にとっては、この外国の生活というのは非常なストレスになります。
外交官は、この環境の変化にストレスを受けながら、そこで仕事をしなければならないのです。
しかし、全てはいいようというもので、私個人的には、この在外生活はメリットととらえる人も多くいます。
私もそのうちの一人で、この数年間の外国生活は人生において本当に貴重なものだと思っています。
日本で働くことと比べて、別のベクトルでのストレスの負荷は大きいかもしれませんが、外国で給料をもらいながらそこで2、3年生活できるという経験はめったにできないことです。
たとえつらいことがあっても、絶対将来に活きてきます。
また、好奇心が旺盛な人は、この2、3年の外国生活にうちに、土日や長期休暇を利用してその国のあらゆる観光地や名所に行きます。
外国観光というのは、日本で働いていればお金を貯めて長期休暇を取って、航空券を買ったり宿を予約したりその他の必要な準備をして、やっと観光できることです。
しかしその国住むことができれば、その気になれば毎週いろんな場所に行って日本ではできない経験をすることができるのです。
そういう意味で、好奇心が旺盛な人や外国生活に憧れがある人にとって、外国で2、3年暮らすことができるというのは大きなメリットだと思います。
自分が学んできた言語を使って仕事ができる
言語が得意になって社会人になって働き始めると、よくこういうパターンを見受けます。
「せっかく英語が得意で英語を使う機会が多いと聞いてこの会社に入ったのに、今いる部署では全く英語を使わないし仕事ばかりさせられる・・・」
言語が得意でこの会社を選んだのに、実際入ってみたら全く英語使わない、ということはよくあることだと思います。
外務省に入れば、この心配は全くありません。必ず言語を活かせます。
特に在外公館に配属なれば、英語やその国の言葉を駆使して交流や情報収集を行うわけですから、言語を使って仕事をする人にとってはぴったりの環境だと思います。
もちろんデスクワークはたくさんありますが、それはどこも同じでしょう。
その国のビジネスマンや偉い人と会って人脈を作れる
「外交官」という職業は、未だに世界中どこに言っても、ある程度の社会的地位が保証された職業と言えるでしょう。
「外交官として働いているなんて、スゴイ!」
職場を答えると、こういう答えが必ず帰ってきます。
事実、この「外交官」という身分はいまだ絶大で、自分の赴任先の偉い人も「外交官」だからこそ自分と会ってくれます。
そして業務上、外交官として働く以上、いろんな人脈ができます。
その相手はビジネスマンであったり、政治家であったり、政府機関の幹部であったりとさまざまです。
そして、そういう人たちは得てして一般の人が持っていない権力やコネ、資金を持っているので、さまざまな場面で便宜をはかってくれます。
そんな人たちとの関係も、あくまでビジネスライクなものに過ぎないので、自分が例えば外交官という身分を脱いでしまったら、見向きもされないというのが普通です。
選挙で勝てなかった政治家みたいなものです
しかし例外はあります。
始めは仕事、つまり「外交官とビジネスマン」「外交官と政治家」という関係で会っていたけれど、会う回数を重ねるうちにお互いのウマが合えば「人間対人間」「友達と友達」という関係に発展します。
そういう関係に発展したら、たとえあなたが外交官を辞めたとしても、関係は続いていくわけです。
しかも今はSNSの発展で外国の友人で手軽に連絡をできる時代なので、外国人との関係の維持は昔に比べたら遥かに容易です。
今はもう外務省で働いていませんが、私のかつでの上司にも、人脈を広げるプロみたいな人がいました(人たらしともいいます)。
その人は外交官を辞めたあとも、そのような残った人脈を駆使して何らかのビジネスを始めたようです。
他にも、外交官時代にできた人脈を駆使して、現地でレストランを開いて成功した人なんかもいます。
「国を代表する公務員としてその国に派遣されているのにけしからん!」という意見もあるかもしれませんが、あくまで仕事の結果としてできた人脈が仕事を辞めた後も続いているというだけで、その親密な関係は本人の努力の成果だと思うので、私はこの批判は的外れだと思います。
外交官に限らず、どの世界でも仕事でできた人脈が、仕事を辞めた後も活きるなんて事例はどこにでもありますから。
給料は悪くない(在外手当)
在外公館で働くと在外手当というものがもらえます。
これは法律で規定されていることなので公表されており、だれでも閲覧可能です↓
在勤基本手当の月額これを見てもわかるとおり、館内の一番下っ端の人でも、手取りで約20万円強はもらえます。
これは、基本給とは別です。もしあなたの基本給が22万で社会保険料もろもろが引かれて手取り15万円でも、在外手当と合わせれば一番下っ端でも手取り35万もらえます。
また、これに加えて家賃補助も家賃代の約85%出ますし、妻帯者であれば在外手当の5分の1の配偶者手当(在外手当が20万であれば4万円)が毎月出ます。
例えば、あなたが高校卒業と同時に外務省に入省し、本省で4、5年働いたあとにどこかの在外公館に行くとします。
その場合、おそらく在外手当は約20万強もらえ、妻帯者であれば+4万円つきます。これに基本給の手取りですから、24,25才の時点で毎月約40万円の手取りがもらえるわけです。
大企業から外国に派遣されている人達に比べたら安いかもしれませんが、20代半ばで手取り40万円もらえるのなら、結構嬉しいですよね。
もちろん、派遣される国によって在外手当は大きく変わるので一概には言えません。
例えば、在外手当が安い国の大使は、毎月の在外手当が50万円を切るところもありますが、ある国では館の一番下っ端でも毎月の在外手当が50万円を越えるところもあります(そういうところは例外なく厳しい環境のところですが)。
そういう意味では、自分の派遣される国によって、20代半ばでも手取り70万円ほどもらえてしまう場合もあるわけです。
「自分はお金のために外交官になるのではなく、国のために働きたいんだ!」という方は、それは立派な志だと思うのでいいと思います。
一方で、お金は人生において本当に大事ですから、若いうちから貯金をしっかりしたいという方にとって、外交官として働くことは金銭面でもそこまで悪くないかもしれません。
以上、約10年官、外交官として働いてきたMの経験でした。
私はある事情により外交官を辞めざるを得ませんでしたが、その事情がなければもしかしたら未だに外務省で働いていたかもしれません。
本記事が外交官を目指す人の参考の一助となればうれしいです。